32歳無職ニート難病もち〜好酸球増多症〜

32歳無職が難病とたたかっています

プレドニンの減り具合。

まず、入院中。

9月29日→50mg

10月7日→40mg

退院後

10月20日→30mg

11月5日→25mg

12月2日→17,5mg

12月14日→12,5mg

12月29日→10mg

1月19日→9mg

4月5日→8mg

9月5日→5mg

9月23日→いまここ

 

医者には驚異的な速さで減らしているといわれました笑

1月以降は曖昧です(爆)

 

プレドニンを飲み始めて1年くらいですね。

ムーンフェイスもだいぶきにならなくなりました。

二重あごはしぶといですが。。。

おもにリンパマッサージをしています。

薬を飲む前もしていたのですが、

効果バツグンだったからです。

一時期ずっと顔をもみもみしていたのですが

みんなに小顔になったねと、言われていました。

 

 

 

 

ムーンフェイス

私はプレドニン60mgからはじめました。

もちろんパルスもしました。

パルス後はおどろくぐらい

顔の腫れがひきました。

 

ただ、、その後です。

顔は腫れ、赤ら顔になり、ぶくぶく太っていきました。。。

医者に食べすぎを注意されたほどでした。

それでも隠れてたべていました。

 

 

幸いにもプレドニンにつきものの食欲盛大には、ならず

危機感を感じ、ガムとコーヒーで過ごしていました。

 

それから食事制限に気をつけ60kgあった体重も

3ヶ月かけ52までもどりました。

フェイスムーンもそのころには落ち着いてきました。

 

 

 

 

ムーンフェイス。

これはプレドニンを飲んでいる人は必ずぶち当たる壁でしょう。

なった人にしかわからないつらさ。

顔がパンパンになってしまう恐ろしさ。

私もくらいました。

 

びっくりするくらい顔が大きくなって、

悲しい、。

つらい。

しにたい。

精神的にきます。

 

 

入院生活。

いやいや始まった入院生活でしたが、

みんなに助けられ無事退院出来ました。


担当医が好みで、毎晩毎晩病室にきてとよんで毎晩毎晩世間話を聞かせていました。

普通ならありえない話です。

一患者をかまう必要もないのですから。

だけど優しいから、自分が力になれるならって、毎日きてくれていましたw


デートしてよ!や手を繋いだりやりたいほーだいでしたw

無理とわかっての行動ですから向こうも冗談だとわかっていました。

一度壁ドンをした時はナース中で噂になっていたようですw

いまになってはなにしてんだかですけどw


あとは。食事ね!

朝、昼、晩祷食事が提供されるのですが、さすが病院クオリティ。

最初の3日くらいはコンビニで買って食べていました。

が、なれてくると美味しく感じるのが不思議。毎回食事前になると、ゾンビのようにみんな食堂に集まってきます。

ワゴンみたいなので運ばれるのですが、開けられたと同時にみんなわがわがと食事をもっていくのですw

今時の病院はハイテクで、腕にバーコードのようなものをつけられるのです、それを通すとその個人のメニューがパソコンで見れる仕組みになっています。 個人個人で違うのでほーと思いました。

検査。

入院中はありとあらゆる検査を体験して、いい思い出ですw


まずMRI。これはたくさんの方が経験するのではないでしょうか。

私は動きすぎるので、麻酔で眠らされてから受けてました。

3回くらい眠らされましたw

眠らすのに注射をするのですが、

これは上手い下手がはっきりとわかれます。

うまい人は一発だし、下手な人に当たると穴がふえるだけです。

看護師さんも注射はかなりプレッシャーなようで、失敗してもいーよとゆうと、安堵され下手なひとも一発でしてくれますw

プレッシャーを与えれば与えるほど失敗されます。

かくゆう私も「絶対失敗しないでよ」とかなりのプレッシャーを与えてしまい痛い思いをしました。

MRIの話にもどります。

MRIは閉所恐怖症のひとにはたまらないですね。あの音もたえれません!

意味不明な音を延々きかされ、耐え忍ぶのです。

30分程度だけど1時間くらいのように感じます。

アイポッドの持ち込みは駄目なんでしょうかw

髄液検査。

骨髄検査は痛いです。

大の大人が泣き叫ぶレベルです。

何が痛いって、注射前の麻酔です。

あれがいちばんいたかった。

骨髄検査をするみなさま、覚悟してくださいw

入院。

私が入院を拒否したのはゆーまでもなく、

だだをこねまくり、通院での治療を希望したのです。

でも、時間がかかるといわれ、一週間だけとゆー約束でしぶしぶ了承しました。

結局2ヶ月もの入院を余儀なくされるのですが…


私に与えられたのは個室!!

個室ならというのも条件の一つでした。


それから入院生活が始まるのです…